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2016/05/23 【Mon】

当事者と傍観者、ではなく…

溜まりに溜まった脳内のゴチャを噴出!第一弾です!

「当事者」である、ということを、強く意識してマンガを描いていた。
「ダイヤモンドがまぶしくて」のとき、いちばん強く意識していたかな。
『向こうから楽しいことがやってくる、というようなことはゼッタイに描かない。
自分で動いた分、手探りでつかんだ分しか展開しない…!』

これは一言でいうと「『当事者』の視線でしか描かない」ってことだ。

読者に、熱を伝える一番の方法だと思って、そうしていた。
主人公のアツさ、熱が、読者にも当事者のごとく感じてもらえれば…と願いながら。
当事者意識が、それを叶えるのではないか、と思っていた。

当事者の反対は、傍観者。
不参加主義の「傍観者」の物語など、オモシロイはずがないだろう。


また、実生活でも「当事者として考えよう」と思っていた。
自分を棚にあげない。我が事のように考えるのが、誠実な方法だと思っていた。

「あいつは嘘つきだ。しかしオレだって嘘をついたことがある…
あいつを嘘つきと呼ぶのなら、オレのこともそう呼ぶべきだ」

という調子。


「当事者」の世界は、
ドラクエ1stのような、シンプルなロールプレイングゲームみたいなもの。
主人公の目線で物語が展開、プレイヤーは主人公を通して世界を見る、知る。
画面の中心には主人公が居て、主人公が動けば世界がスクロールする。
世界は、自分の動いたところしか見えない。

しかし、この方法には弱点があったのだ。



「ウイニングイレブン」(以下「ウイイレ」)というサッカーのTVゲームがあり、
「競艇少女」のころ、仕事終わりにスタッフ達とよく遊んでいた。
チョー有名大ヒットゲームなんだけど、いちおう知らない人のために説明すると、
俯瞰視点のプレイ画面(客席からのテレビ中継のような画面)で、
ボールを持った選手を操作する。
パスを出せば、パスをもらった選手の操作に切り替わる。
相手がボールを持っている時は、
その相手選手の一番近くにいるこちらの選手を操作して、守備をする。
画面の中心にはボールがあって、ゲームプレイヤーはいわば「チーム」を操作する。
サッカーゲームのスタイルとしては、王道のゲームです。
で、
これが、とても面白かったのだ!
客席から選手を操作するような「見やすさ」で、
選手達はひとつの意志(=ゲームプレイヤーの意志)で、見事な連係をする。爽快!
サッカーシロートの僕でさえ、サッカーの「本質」に触れたような気にさせられる。
そんなオモシロゲームでした。


で、
そのころ、「リベログランデ」という新しいサッカーゲームが出た。
「ウイイレ」的な王道サッカーゲームとは、正反対のコンセプトのゲームだ。
どんなゲームかというと、
ゲームプレイヤーは、「ひとり」の選手だけを操作する。
で、カメラは、フィールドに入り込み、アクションゲームのように、
その「ひとり」を追う。

そう、サッカー選手という「当事者」になって、
フィールドを駆け、リアルなサッカー体験をしよう!
という「サッカーシミュレータ」的なゲームだったのだ!

うおお、これは面白そうだ、とさっそく買ってプレイ。
ところが…………

何をしていいか分からない!

ボールを持ってない時も、その「ひとり」を操作するわけで。
ボールを持ってない時の動きなんか分からないのだ。
「ウイイレ」ではボールを持っていない選手は、こちらが操作しなくても
コンピュータが勝手に動かしてくれて、いいポジションにいってくれるのだ。

「リベログランデ」では、ボールをパスしてもらうために、
自分で良いポジションに移動しなけりゃならない。
しかも、オフサイドにも気をつけなきゃならない。
いいポジションに居ても、パスしてもらえないかもしれない。
う〜〜〜ん。リアル。リアルなサッカー体験なんだが、爽快感がない!
サッカーの「本質」に触れたような気にさせられる、あの爽快感がないのだ。
これはいわば、サッカー選手の「歯痒さ」を体験してるのだ。


長々とサッカーゲームの話をしたけど、当事者の弱点。

「当事者」というのは、とても歯痒いのだ。

周りが見えない。世界がどうなっているか分からない。
だから、自分がどこにいるのか分からない。何をすればいいか分からない。
そんな状況にすぐ陥る。
う〜〜〜ん、くそリアル!人生の歯痒さそのままじゃないか!


そして、当事者として、何でも我が事のように考えることばかりしていると
誰の話にも感情移入するようになる。
「あいつが嘘つきなら、オレだってそうさ」
「あいつがクズなら、オレのほうがもっと…」
  ・
  ・
  ・
で、誰にでも、どの立場にも理解を示し、
結局、曖昧模糊、八方美人、立ち位置不明に陥ってしまう。

「誠実な方法」だと思って始めたことが、「立ち位置不明」にたどりついたのでは
何の価値もない。何の意味もない。


ところで、
普通の物語には、主人公不在のシーンがどんどん出てくる。
たとえば、敵方が会議しているシーン。主人公達は大ピンチだ!
読者はここで主人公サイドが知らないことを知るのだ。

って、わざわざここにあらたまって書かなくても、フツーのことか。
(僕の作品にだって主人公不在のシーンはあるしね)
当事者目線で物語を描こう、ってほうが変則なのです。


さて、そろそろ結論。
当事者は歯痒く曖昧。傍観者は不参加。どっちもクソか。
どうすりゃいいんだ!

こうしましょう。
当事者---傍観者
っていうから傍観者がダメに思えるのであって、

主観---客観
という、対比対等なイイ言葉があるじゃないか。
主観---客観っていえば、どちらがダメとかじゃないことが分かるのだ。
大事なのは、切り替えること。

客席に上がり、「ウイイレ」の目線でコトを見れば、一目ですべてが見えるのだ。


当事者の閉塞を、客観で打開しよう。
客席に上がり、コトを見よう。
そのためにどうすればいい?

自分を「込み」にしない。
恐れずに「自分を棚にあげる」のだ。
自分を「込み」にしてたら、行けるところは、見える範囲の「近場」が限界。
遠くまで行きたい。
必要なのは「棚上げ力」だ!

恐れずに「自分を棚にあげる」のだ!
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