2012/07/09 【Mon】

「天使」を、追う。(後編)

考えてるときは、いろんなコトガラ同士がサクッと繋がっていくんですが、
いざ、字に書こうとすると、メンドくさい。まどろっこしい。クドい。
なんてことになりがちです。てか、なってますねぇ。
ま、いきます。


「何にも捕われていない状態」「赤ん坊」
このへんから続ける、って書きましたが、このへんはサラッといきます。
メンドウなわりに、ありきたりなので。

「何にも捕われていない状態」「赤ん坊」ってことは
ようするに「純粋」「無垢」ってことです。
「無分別」ってことでもあります。
まだ「自他」、「善悪」、「正誤」の別もない、ってことです。

「天使」、けっこう危ういです。(ああ、ありきたり)


さて、
「自分のイメージ」
やっぱりココを掘ります。

「自分のイメージ」は、「自分らしく」といいかえてもイイです。

「自分のイメージ」ってのは、自分にとって、とても大事なものです。
「自分らしく」なければ、自分が自分じゃなくなりそうです。

で、「自分のイメージ」なんて「檻」だって、前に言いました。
じゃ、「自分らしく」も「檻」です。

  *

誰が何を話していても、「オレが、オレは、オレの…」と
「オレ話」に持ってく人がいます。
「『オレオレ』とうるせェし、なんか気持ちワルイなぁ」
と、思います。

逆に、ほとんど自分の話をしない人がいます。
結局、どんな人か分からなかったりします。

人は、
「自分」というものを「分かってくれ」と言ったり
「あなたには、私のことを知って欲しくない」と思ったりします。
どっちもつまりは「自分」が大事だから。

  *

ここらで一気に詰めますが、

「自分」って「檻」じゃね?

と、僕は言いたがっているのです!
ああ、これヤバい。オモシロい!


天使はきっとこう言うのです。
『天使になりたきゃ、まず自分なんか捨てておいで!』
(なんか「杜子春」っぽいな~)


「天使になろう」って言ったけど、なれないや。
「自分」という「檻」からはゼッタイに出られないから…。

人として、
自分という「檻」を、時にキュウクツに感じながら、
自分を生きていく………それしかないや。


さて。
フィクションならば「天使」になれます。
でも、ただの「天使」じゃ面白くなさそうです。
面白いのはいつも、境界線のあたり。
ん?境界線?
…ココから先はまだナイショ。ってことで!
コメント
2012/07/10 【Tue】 22:04

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2012/07/10 【Tue】 22:59

ありがとさんです。

小泉ヤスヒロ  [ 編集 ]
メール、届いていましたか。よかったです。
(ひょっとして、迷惑メールで届いてないのかも、と思ったもので…)

ブログ内、どこを押してもダイジョーブですよ。爆発しません。
…たぶん。


2012/07/16 【Mon】 00:03

創作の前進と後退

KM  [ 編集 ]
んー、、興味深く拝見しています。

自分の檻に捉われず在る時、あるいは捉われずある瞬間を表現して「天使」
とおっしゃっているのでしょうか。そして、そこへ繋ぐ媒体(あるいはそれ自体?)
をとりあえず「天使」と呼んでいるということなのかなぁ、、。

抽象概念ですが、意図されている方向性はわかるような気がします。
これ、大事なのはどうやってそれを紙へ落とし込むか、ですね。
 
読者の視点で想像して申し上げると、

「これはずばりハマっている」
 あるいは
「全くはまらないように見えて結局ハマッている」

前者は読んでいる最中の爽快感、
後者は読後の感心度の高さ/やられた感のある面白さ
に繋がるような気がします。
もしそうした表現の糸口を既に見つけられているのであれば、それはとても興味深いです。
ただ、前者でも後者でも、意外性というワードは、ある一定以上ではありませんが、
それでもある程度までは大事な気がします。。
 
着想と現実への折り合いを見出す作業は創作者の楽しみ且つ苦しみ
だろうなぁ、と思いつつ、時折こうして進捗が(あるいは後退が)
Upされるのを引き続き楽しみに拝見します。
創作の世界ではおそらく後退も進捗を意味するのでしょうから、
それもまた価値があるのでしょうね。これがビジネスの世界とは違うところだなぁ(^^)。

2012/07/16 【Mon】 11:19

思い付きを育てる。

小泉ヤスヒロ  [ 編集 ]
KMさん、ありがとうございます。
考え途中のことなんか文章に書いて、はたして読んでもらえる文になってるのか?
と、少し思ったりしてましたが、コメントをいただいて安心しました。


「天使」=自分の檻に捉われずある姿
なるほど。1行でまとめるとこういうことですね。


「オジサン天使」は、
まだ、作品になる遥か前の段階、「思い付き」を育てている現状です。
で、「思い付きを育てる」のは、もう無性に、ただただ楽しかったりします。
要る要らないは不問で、とにかく膨らませる、くっつける!
『持ってるオモチャを全部出して、新しい組み合わせ、新しいアソビを考える』
ような、子供の遊びの楽しさがあります。

「紙へ落とし込む(イイ表現っスね)」段階ってのは、
作品の姿がハッキリしてくる楽しみ、もモチロンあるんだけど、
苦しいしんどい、ってのも大いにあります。
なんせ、無駄をそいでいく、削っていくところだから…。
『要らないものは片付けて、要るものを順序よく並べていこう』
って感じの、大人の整理の感覚。
あ~あ、狂ったようにくっつける遊びは、もうオシマイかぁ…という感じです。

しかも、無駄を削ったあげく、
「あら? 必要なパーツが足りてない」って思うこともしばしばです。
なので、現段階ではとにかく、たっぷり太らせておくつもりです。


2012/08/12 【Sun】 13:18

共通性

KM  [ 編集 ]
小泉さん、

遅くなりましたが、お返事ありがとうございました。

文面を拝見し、
「最後の詰め=目に見える形を構成し仕上げるプロセス」において、
私は創作と(世でいうサラリーマン的な)ビジネスの世界の間には、
ある程度の距離があると見ていました。
しかし、実はかなり近いところにある、というのがよくわかりました。

最終形を作り上げる時、内容を拝見するとアプローチの基本系は
大きく変わらないという印象です。
良いアウトプットのためにリアルへ落とし込んでいく厳しさ・苦しさは
業種・業界を問わず共通する部分がかなり多いと教えられました。

先日、ある本を読んでいたところ、
「ビジネスマンを対象とした仕事の問題解決に関する本を書いた。
しかし意外なことに、デザインや設計事務所からの反応が多く、驚いている」
という感想を述べていたコンサルタントの方がいました。

頂けたご回答は、その理由が掴めるようなお話でした。多謝。

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