2016/05/30 【Mon】

つまらない話、面白い話。

「沈黙は金、雄弁は銀」といえば………の話。

●つまらない、と思った話。

ありきたりのお説教。
あるいは、ことわざで説教したりする。
『「沈黙は金、雄弁は銀」だから余計なことは言うな』なんて真顔で言う。
相手が小学生ならそれもいいだろう。しかしこちらはオッサンなのだ。
ずっと昔に聞いた事があることわざでは驚かない。
ことわざをいうなら、聞いた事のないようなマイナーなやつをくれ!

テレビでコメントしてる人も、この程度のことを言ってる事がママある。
テレビをみてるオヤジが言いそうな事を、テレビに出てる人が言う。面白くない。

ありきたりはつまらない。


逆ばかり言う人。あまのじゃく。
「AはBなんですよ」と人が言えば
「AはBなんかじゃないのではないか?」という。

「沈黙は金、雄弁は銀」と聞けば
「沈黙は金、雄弁は銀なんかじゃないのではないか?」という。

最初は「ほぉ…」と思う。で、「何を言うの?」と期待する。
しかし、その先の話は、ないのだ。

そして、この人は何の話であれ、ずーッとこればかりやるのだ。
いつも、「AはBなんかじゃないのではないか?」というのだ。
そしていつも、その先はないのだ。

よーするに、これがこいつの手なんだ。
こう切り返せば、「考えてる」「頭よさげ」に見えるから。 内容などないのだ。
頭が良く見える簡単な方法として、ルーチンになってる発言のしかたなのだ。

あまのじゃくはつまらない。


●面白い、と思った話。

『「沈黙は金、雄弁は銀」はもともと欧米の人々の格言。
でも、彼らはとても自己主張が強く雄弁だ。
そんな人たちでも沈黙のほうが価値がある、というのか。
なにか意味が違うんじゃね?

で、金と銀の「使いかた」を考えてみれば、
金は、王冠などのアクセサリに使い、銀は食器などの実用品によく使われる。
金は飾り、銀は実用、というわけだ。

ここで、代入してみる。

「沈黙は飾り、雄弁は実用」

うお。これって欧米の人々の感じにピッタリ来ないか?
偉い人、王様や貴族、主君なんかは、飾りとして黙ってればいい。
事を成す人、成そうとする者は雄弁に語れ!
ということなんじゃね?』

面白い。

『「沈黙は金、雄弁は銀」はもともと欧米の人々の格言』
『金はアクセサリに使い、銀は実用品によく使われる』
どちらも割と知られている知識だと思うが、
それらを組み合わせて
「沈黙は飾り、雄弁は実用」
これを導き出すのは、面白いね〜。

これがホントかどうかは今は考えない。
でも作り話だとしても、説得力があるじゃないか。
リアルかどうかより、リアリティーがあるじゃないか。

『皆が知ってる知識を組み合わせて、リアリティーのある、新しい答えを出す』

面白さっていろいろあるけど、
この面白さは、フィクションの面白さだ。
しかもけっこう、大きなパートなんじゃね?
と、思うのです。
2016/05/27 【Fri】

棚上げ。

『恐れずに「自分を棚にあげる」のだ!』
なんて前回のエントリに書きましたが、「恐れずに」ってなんだ?

「何を恐れるの?自分を棚にあげるなんて簡単じゃね?」

さて、僕は何を恐れているのか。


テレビにB級映画が映ってる。
それを観ながら、「描かないマンガ家」が、ず〜〜ッと批判している。
いわく「冗長! このシーン必要か?」
いわく「キャラが分かりにくい!」
いわく「アイディアが陳腐!」
あげくには「B級映画も反面教師として勉強になるね(笑)」とか、のたまう。

オレがその間、彼の発言を聞きながら思っていたことは、コレ。
『だったら、自分でさっさと描けッ!! おまえは客かッ!!!』

「自分が描かないこと」を棚にあげて、他者の作品を批判する。
とてもカッコワルイし、卑怯だと思う。
自分を棚にあげるのは、とても卑怯だと感じるのだ。

僕が恐れているのは、卑怯者になってしまうこと。

『恐れずに「自分を棚にあげる」のだ!』
とはつまり
『卑怯者になるのも覚悟で「自分を棚にあげる」のだ!』
なのだ。

うえ〜〜。恐れるぜぇ、尻込むぜぇ、という感じです。


しかし、世には議論好きが居て、
そういう人は、議論に乗らない人を「卑怯者」と呼びます。


批判しても「卑怯者」
議論を拒んでも「卑怯者」

喋ろうが黙ろうが卑怯者か!
どうすりゃいいんだ!

こうしましょう。
「沈黙は金、雄弁は銀」とはいえ、銀だって充分上等だ。
黙ってても何も動かん始まらん。
どっちに転んでも「卑怯者」ならば、「自分を棚にあげて話せ!」だ。
更新しますよ。
2016/05/23 【Mon】

当事者と傍観者、ではなく…

溜まりに溜まった脳内のゴチャを噴出!第一弾です!

「当事者」である、ということを、強く意識してマンガを描いていた。
「ダイヤモンドがまぶしくて」のとき、いちばん強く意識していたかな。
『向こうから楽しいことがやってくる、というようなことはゼッタイに描かない。
自分で動いた分、手探りでつかんだ分しか展開しない…!』

これは一言でいうと「『当事者』の視線でしか描かない」ってことだ。

読者に、熱を伝える一番の方法だと思って、そうしていた。
主人公のアツさ、熱が、読者にも当事者のごとく感じてもらえれば…と願いながら。
当事者意識が、それを叶えるのではないか、と思っていた。

当事者の反対は、傍観者。
不参加主義の「傍観者」の物語など、オモシロイはずがないだろう。


また、実生活でも「当事者として考えよう」と思っていた。
自分を棚にあげない。我が事のように考えるのが、誠実な方法だと思っていた。

「あいつは嘘つきだ。しかしオレだって嘘をついたことがある…
あいつを嘘つきと呼ぶのなら、オレのこともそう呼ぶべきだ」

という調子。


「当事者」の世界は、
ドラクエ1stのような、シンプルなロールプレイングゲームみたいなもの。
主人公の目線で物語が展開、プレイヤーは主人公を通して世界を見る、知る。
画面の中心には主人公が居て、主人公が動けば世界がスクロールする。
世界は、自分の動いたところしか見えない。

しかし、この方法には弱点があったのだ。



「ウイニングイレブン」(以下「ウイイレ」)というサッカーのTVゲームがあり、
「競艇少女」のころ、仕事終わりにスタッフ達とよく遊んでいた。
チョー有名大ヒットゲームなんだけど、いちおう知らない人のために説明すると、
俯瞰視点のプレイ画面(客席からのテレビ中継のような画面)で、
ボールを持った選手を操作する。
パスを出せば、パスをもらった選手の操作に切り替わる。
相手がボールを持っている時は、
その相手選手の一番近くにいるこちらの選手を操作して、守備をする。
画面の中心にはボールがあって、ゲームプレイヤーはいわば「チーム」を操作する。
サッカーゲームのスタイルとしては、王道のゲームです。
で、
これが、とても面白かったのだ!
客席から選手を操作するような「見やすさ」で、
選手達はひとつの意志(=ゲームプレイヤーの意志)で、見事な連係をする。爽快!
サッカーシロートの僕でさえ、サッカーの「本質」に触れたような気にさせられる。
そんなオモシロゲームでした。


で、
そのころ、「リベログランデ」という新しいサッカーゲームが出た。
「ウイイレ」的な王道サッカーゲームとは、正反対のコンセプトのゲームだ。
どんなゲームかというと、
ゲームプレイヤーは、「ひとり」の選手だけを操作する。
で、カメラは、フィールドに入り込み、アクションゲームのように、
その「ひとり」を追う。

そう、サッカー選手という「当事者」になって、
フィールドを駆け、リアルなサッカー体験をしよう!
という「サッカーシミュレータ」的なゲームだったのだ!

うおお、これは面白そうだ、とさっそく買ってプレイ。
ところが…………

何をしていいか分からない!

ボールを持ってない時も、その「ひとり」を操作するわけで。
ボールを持ってない時の動きなんか分からないのだ。
「ウイイレ」ではボールを持っていない選手は、こちらが操作しなくても
コンピュータが勝手に動かしてくれて、いいポジションにいってくれるのだ。

「リベログランデ」では、ボールをパスしてもらうために、
自分で良いポジションに移動しなけりゃならない。
しかも、オフサイドにも気をつけなきゃならない。
いいポジションに居ても、パスしてもらえないかもしれない。
う〜〜〜ん。リアル。リアルなサッカー体験なんだが、爽快感がない!
サッカーの「本質」に触れたような気にさせられる、あの爽快感がないのだ。
これはいわば、サッカー選手の「歯痒さ」を体験してるのだ。


長々とサッカーゲームの話をしたけど、当事者の弱点。

「当事者」というのは、とても歯痒いのだ。

周りが見えない。世界がどうなっているか分からない。
だから、自分がどこにいるのか分からない。何をすればいいか分からない。
そんな状況にすぐ陥る。
う〜〜〜ん、くそリアル!人生の歯痒さそのままじゃないか!


そして、当事者として、何でも我が事のように考えることばかりしていると
誰の話にも感情移入するようになる。
「あいつが嘘つきなら、オレだってそうさ」
「あいつがクズなら、オレのほうがもっと…」
  ・
  ・
  ・
で、誰にでも、どの立場にも理解を示し、
結局、曖昧模糊、八方美人、立ち位置不明に陥ってしまう。

「誠実な方法」だと思って始めたことが、「立ち位置不明」にたどりついたのでは
何の価値もない。何の意味もない。


ところで、
普通の物語には、主人公不在のシーンがどんどん出てくる。
たとえば、敵方が会議しているシーン。主人公達は大ピンチだ!
読者はここで主人公サイドが知らないことを知るのだ。

って、わざわざここにあらたまって書かなくても、フツーのことか。
(僕の作品にだって主人公不在のシーンはあるしね)
当事者目線で物語を描こう、ってほうが変則なのです。


さて、そろそろ結論。
当事者は歯痒く曖昧。傍観者は不参加。どっちもクソか。
どうすりゃいいんだ!

こうしましょう。
当事者---傍観者
っていうから傍観者がダメに思えるのであって、

主観---客観
という、対比対等なイイ言葉があるじゃないか。
主観---客観っていえば、どちらがダメとかじゃないことが分かるのだ。
大事なのは、切り替えること。

客席に上がり、「ウイイレ」の目線でコトを見れば、一目ですべてが見えるのだ。


当事者の閉塞を、客観で打開しよう。
客席に上がり、コトを見よう。
そのためにどうすればいい?

自分を「込み」にしない。
恐れずに「自分を棚にあげる」のだ。
自分を「込み」にしてたら、行けるところは、見える範囲の「近場」が限界。
遠くまで行きたい。
必要なのは「棚上げ力」だ!

恐れずに「自分を棚にあげる」のだ!
2016/05/18 【Wed】

切り紙工作 。

月刊『家主と地主』の全国賃貸住宅新聞社が、新しいWEBサービスを始めました。

国際イベントナビ.com

イベント紹介のサイトです。
で、僕は、このサイトで使用する「イベントのイメージ」のビジュアルを
依頼されたんですが、ここはイラストではなく
前からちょっと考えていた、「切り紙工作」でやりたい、と思い、提案しました。

で、
こんなんできました!

国際イベントナビ.com「イベントのススメ」ページ

おお、イラストより味付けがフラット(それが狙いでした)
でもムードはあるね、いい感じだわ!
で、切り絵のシルエットでも、僕の絵ですね。面白いッス。

写真を撮るのがむずかしいです。切り人形の並べ方に要工夫っスね。
それに、タブレットじゃキレイに撮れない。
借り物のデジカメ、壊したのがイタいッス…
デジカメ、そのうち買いたいなぁ。

カメラといえば、
「競艇少女」を連載してる頃、フンパツして一眼レフのフィルムカメラを買いました。
望遠レンズも買って、取材はこれでバッチリさ!生涯このカメラを使い倒すぜ!
と、思っていたんです。
が、わずか数年後には世の中が変わり、デジタルカメラ全盛になりました。
フィルムはマニアグッズになり、バカ高価いモノになってしまいました。
トホホですわ。


話を戻します。
切り紙工作屋、始めましたッ!
切り道具

切り絵「会話」
よろしくッス!
2016/05/14 【Sat】

ミックス!

月刊『家主と地主』6月号、本日発売です。

というワケで、4ヶ月ぶりのごぶさたです。
いろいろあってしばらくバタバタしておりました。
バタバタしつつ、アシスタント及び、月刊『家主と地主』でカットを描いてました。
『家主と地主』サイトに、僕の絵が増えています)

そしてバタバタしつつ、いろいろ考えたりしておりました。
で、バイト生活の間に考えていたことや、思い出した昔のこと、
最近思ったことなどなどなどがゴチャゴチャと脳内に溜まってきました。
それらは残念ながら物語ではないので、マンガにはならないんですが
そのうちこのブログに書いて吐き出したいなぁ。


では、そのなかの、いちばんどうでもいい話を。

子供の頃、市販のサンドイッチは、今のような豪勢なものではなく、
ハムカツサンドとか、具のチョー少ないミックスサンドとかそんな感じでした。

貧相サンドミックスサンド

みじん切りのキュウリ、
みじん切りのハム、
卵ペーストうっすら、
ツナペーストうっすら

具は、断面付近にしか入っておらず、サギみたいなシロモノでした。
でも、そんな貧相なサンドイッチでも、ごちそうでしたし、旨かった!

で、その頃、
サンドイッチは、袋に入ってるのは全部でワンセットで、
いっぺんに口に入れて食べるものだ、と思っていました。

「厚くて食べにくいゼ」
とは感じていたんですが、そういうものだと思っていました。
ミックスサンドなんだからミックス味、全部同時に味わうもの。
ビッグマックだって厚くて食べにくいし、そういうものかと。

いつまでそう思ってたかというと、
高校を卒業して上京、アシスタント生活を開始、
そのアシの先輩が、仕事中の夜食のサンドイッチを、一切れづつ袋から出して
食べるのを目の当たりにするまで。

衝撃ッ!

「ええッ!? そうするものなのか………!?
たしかにそれは食べやすかろう、だがそれは………ミックスじゃないッ!」

ミックスサンドはミックス味、全部同時に味わうもの。
そんなわけで、僕は今でも、袋のサンドイッチをひとまとめで食べています。
ミーーックス!
ご訪問ありがとうなのだ。
踊るとうちゃんロボ
 
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